多胡の園路 (2016年施工)
玄関アプローチのリフォーム工事のご紹介です。
既存のコンクリート舗装の上に石を敷き、玄関までのスロープを改修しました。使った石は多胡石という普段見る機会の少ない石です。
多胡石を使うに至った経緯や今回初めて導入した新しい施工法の感想などを、施主のAさんにうかがいました。
多胡石の物語
佐藤:多胡石(たごいし)という石を僕は知らなかったんですけど、ちょっと言い訳をさせてもらいますと、造園用石材としてはあまり一般的ではないんですよね。
Aさん:そのようですね。でも、群馬出身の人はかなり知ってると思いますよ。「上毛かるた」という、群馬の子どもたちがみんな学校でやるかるたがあるんですが、そこに「昔を語る多胡の古碑」という読み札があるんです。
多胡の古碑というのは、奈良時代に多胡石で作られた石碑で、日本三古碑あるいは上野三碑の一つに数えられています。教員時代に教える必要から書を少し勉強したときに、書の手本としてこの多胡碑がでてきました。
佐藤:群馬で採れる石なんですね。資料には、群馬県多野郡吉井町、甘楽郡甘楽町より産出されるとあります。
Aさん:そうですね。吉井町のほうは、今は高崎市吉井町に変わっています。平成の大合併で。
そのあたりに牛伏層と呼ばれる地層があって、多胡石は、その地層に含まれる赤い縞模様が特徴の砂岩です。
佐藤:砂岩というのは、砂が堆積してできた石ですね。この砂岩を玄関までのアプローチに敷いたわけですが、なぜ多胡石を選んだのですか?
Aさん:石を玄関前に敷きたいと考えたときに、足元がすべらない石がいいということで、凝灰岩や砂岩を候補にあげました。凝灰岩のほうは大谷石が庭に敷いてあるので、砂岩にしようと。
砂岩となれば、地質学的な興味、書の歴史から考えて多胡石が浮かんできました。
佐藤:「多胡石を入手できませんか?」とAさんに言われて、お付き合いのある石屋さんに聞いてみたんですが、扱っていないとのことでした。
Aさん:私も調べてみたんですが,現在は採掘をやめていて、入手不可能でした。石の標本を扱っている専門店に聞いてみたところ、多胡石と同じような石はアメリカにならあるということでした。
日本産の石がいいと思っていたので、多胡石のことは一時はあきらめていました。
佐藤:ところが、ですね。
Aさん:2014年の7月に、吉井町にある仁叟寺の副住職さんが、私の勤務していた学校を訪ねてきました。
これはどういう縁かと言いますと、勤務先の学校が戦時中、この仁叟寺に学童疎開をしていたんです。学校そのものは王子の空襲で校舎が焼けてしまい、1946年3月に廃校になったんですが、戦後、1953年に新設校として出発して、その校名を決めるとき、地域から廃校になった小学校の校名をつけてほしいと要望があって、古い校名がつけられたという経緯があります。
副住職さんは、王子という地域と校名を見て訪ねてくださったんです。
佐藤:なんだか、映画の序盤、これからドラマが始まろうとするシーンみたいですね。夏の強い日差し、青い空、遠方からやってきた僧侶が校門の前に立って、校舎を見上げる……。あ、続けてください。
Aさん:勤務していた学校は、疎開先のお寺のある吉井町のお隣、甘楽町と農業体験を通したつながりがありました。甘楽町へ打ち合わせに行ったときに仁叟寺を訪ね、それ以来、甘楽町へ打ち合わせに行くたびに、お寺にも寄るようになったんです。
そのお寺で、多胡碑の話から多胡石の話になり、住職さんから、「檀家総代が石屋さんなので、そこへ行けば多胡石がある」ということで、石屋さんを紹介してもらいました。
佐藤:すぐに入手できたんですか?
Aさん:そのときはそこまでではなくて、標本用に多胡石を分けてもらっただけでした。その多胡石を友人に分けていたら、もらった石がなくなり、また石屋さんを訪ねたんです。
そのときに、多胡石の大きな塊があることを教えてもらって、その塊を見せていただきました。帰宅してからも気になって、「あの多胡石の塊を切って薄い板にしてもらえないかなあ」と思うようになりました。それで、どうしても欲しくなって、石屋さんにお願いしてみたところ、快く承諾していただき、入手することができたんです。
佐藤:戦時中からつながる不思議な縁で、いまここに多胡石があるんですねえ。そう思って石を見ると、また違って見えますね。
赤い目地の秘密
佐藤:さて、その多胡石を玄関アプローチに敷いたわけですが、いかがですか?
Aさん:こんなに良くなるとは思っていませんでした。石の周囲をレンガで縁取りしてもらったのもいいですね。レンガが額縁になって、石が映えます。
佐藤:いい色のレンガでしたね。今年出た新色です。
Aさん:エスビックのレンガですよね。
佐藤:ええ、そうです。
Aさん:エスビックは群馬の会社です。
佐藤:おお、そういえばそうですね。ここにも群馬。
Aさん:ところで、このレンガの目地は赤いですね。
佐藤:一般的には、モルタル、つまり川砂とセメントを混ぜたものを使いますが、今回は川砂の代わりに廃瓦を粉砕して作られたリサイクル砂を使いました。これが赤い色をしていて……。
Aさん:この赤みが気に入っています。オシャレな感じがしますが、僕だけでしょうか?
佐藤:いえいえ、僕もいいと思ってますよ(笑)。
人が暮らす昔ながらの美しい風景って、身近にあるものを工夫しながら使ってできたものですよね。デザインが最初にあったわけではない。必然性のあるものを使えば、きっとそれは美しい風景をつくると思うんです。
そもそも、天然資源である川砂を無制限に使っていいとは思えないんです。実際、川砂を採取できるところも減ってきているようですし、海外での違法採取の話もあります。川砂に代わるものがあるなら、それを使いたいなとずっと思ってきて、ようやく今回、瓦リサイクル砂を使うところまできました。だから、僕にはこの赤がとても美しく見えるんです。
Aさん:資源の再利用としても大切なことだと思います。
佐藤:瓦屋根の家も少なくなりましたよね。建物を解体したときに出る瓦は、こうして再利用されなければ廃棄物として処分されるんでしょうから。
Aさん:ちなみに、川砂は、鉱物の集まりですから一つひとつの粒に穴が空いていません。瓦は焼き物ですから、小さな穴が空いています。多孔質の粒ですね。だから、保水という面から見れば、廃瓦の粉砕砂は優れていると思います。
コンクリートは水をまいてもすぐに乾いてしまいますが、その上に瓦砂と砂岩を敷いたら、乾くのに時間がかかるようになりました。まさに、保水性があるということでしょう。
佐藤:多胡石を敷く下地砂としても瓦砂を使いましたからね。水を吸って少しずつ蒸発していけば、気化熱というんでしたっけ、夏場に周囲の気温が下がるかもしれませんね。
Aさん:打ち水の効果が持続すると思います。
佐藤:それにしても、石は濡れると本当にきれいですね。
Aさん:本当にきれいです。必要なくても、水をまきたくなってしまいます(笑)
佐藤:あの人、水ばっかりまいてるね、なんて(笑)
佐藤:さらにもう一つ、今回のレンガ目地は一般的なモルタルとは違う点があります。それは、セメントではなくて、酸化マグネシウムを使っているという点です。セメントと違って強いアルカリ性ではないので、壊してそのまま土に戻しても問題ないんです。コンクリートに比べれば、強度は落ちますが……。
Aさん:今回の工事はそこまでの強度を必要としないので、自然に優しい方が良いと思います。セメントは、アルカリが強いという点では、自然に優しいとは言えませんし。家の土台とか強度が必要なところにコンクリートを使えばいいと思います。
佐藤:酸化マグネシウム系固化材は土舗装用に作られたもので、実際そのように使用されています。公園の園路や植え込みの防草のために施工されているのを、よく見かけますよね。
でも、万里の長城の石積みの目地に酸化マグネシウムが使われていると知って、それならレンガ積みなどに使えるんじゃないかと思ったんです。これまでにも、川砂と酸化マグネシウム系固化材を混ぜたもので、レンガを積んだりしてきましたが、大切なポイントがありまして……。
Aさん:何でしょう。
佐藤:海藻糊を入れないとうまくいかないんです。ポソポソして扱いにくい。糊を入れると、ねばりが出て扱いやすくなる。
これ企業秘密なんですが、誰も探りにこない(笑)
Aさん:(笑)
佐藤:企業秘密というのは冗談ですが、まだこういう事例は少ないようです。
石を楽しむ
佐藤:多胡石の話に戻りますが、柔らかい石なんですね。
Aさん:そうですね。
佐藤:石を敷くときに何枚か割ってしまいました。
Aさん:そういう石ですからね。仕方ないです。
佐藤:ただ、怪我の功名と言いますか、割れた断面がおもしろいと気づきました。そこで、割れた断面が見えるように、園路の脇に敷くというか、並べて見せることをご提案させていただきました。
Aさん:多胡石は鉄分による赤い縞があって、この縞模様が黄色に見えたり、赤茶に見えたりと、色の変化があるのがおもしろいところですが、この多胡石の特徴が見事に出てきて、感動的です。
つまらないブロック塀が、背景として参加しているのもうれしいなあ。
佐藤:確かに、無機質なブロック塀が多胡石を引き立てていますよね。背景が他の自然石だったり、植物だったりしたら、多胡石も埋もれてしまったかもしれませんね。
Aさん:多胡石の採れる牛伏層は、三波川変成帯と接しているので、標本に三波石も並べてみたいと思っています。
佐藤:変成帯? 専門的なお話で、ちょっとついていけないのですが……(笑)
Aさん:大学時代に地質学に興味を持ったことがあって、久しぶりにその血が騒いでいます。
佐藤:地質学のお話はともかく、三波石は庭石としてよく使われるので、入手するのは難しくないと思います。多胡石のようなドラマチックな物語は期待できないと思いますが……(笑)。
それにしても、お話しているうちに、石っておもしろいなと思うようになりました。
Aさん:一見変わらないように見える石も変化します。これからどのようになるか、楽しみです。
佐藤:僕も楽しみにしています。
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