ジャルディニエ・キリクイの庭しごと

神奈川で庭づくり・庭の手入れをしている小さな会社、キリクイのブログです。

庭の手入れ料金にについて (dialogue#1)

料金体系はメッセージ

堀池 今日は、植木屋さんの料金について聞きたいと思うんですけど、佐藤さんのところは、職人1人いくらというやり方ですよね?

佐藤 ええ、そうです。いわゆる人工(にんく)制という料金体系です。

堀池 でも、最近の流行りは、庭木1本いくらっていうやり方でしょう。単価制というのかな。この間もテレビで見たんですけど、チェーン展開して、急成長している会社も単価制による明朗会計をウリにしていました。

佐藤 そういう会社がいくつか台頭して、それに小さな会社も追随しているという流れはあるかもしれませんね。Kirikuiも開業当初は単価制だったんです。でも、やっているうちに人工制のほうがいいかなと思うようになって、途中で変えました。

堀池 どうしてですか?

佐藤 単価制の良いところは、料金の根拠が明確なことですよね。樹高3mのモミジだから3,000円、みたいな。誰が見積りしても同じ金額になります。ただ、同じ樹高3mでも木によってかかる手間は違います。同じ木でも毎年本当は違う。そういう現実の割り切れない部分を切り捨てることで、明確な料金にしている。このあたりがどうも納得できなくて……。

堀池 わかりやすいというのはいいことだと思いますよ。それに、どの職人がやっても同じ料金になりますよね。

佐藤 まさにそこが人工制の弱点かもしれません。同じ庭の手入れでも、職人によって金額が違ってくる。悪いことをしようと思えば、わざとゆっくり作業をして、手間賃を稼ぐということだってできなくはない。結局、この不透明さが、単価制の支持につながったんだと思います。

堀池 確かにわかりにくい面はありますよね。

佐藤 ただ、樹高3mでも1本1本違うという現実に、多少なりとも真摯に向き合おうとするなら、人工制を選ばざるを得ないと思うんです。職人1人1日という枠を決めて、どの木にどのくらい手間をかけるかみたいな細かいところはある程度任せてもらう。そういうやり方でやらせてもらうほうがいいんじゃないかと……。

堀池 でも、現実的には、単価制でも人工制でも現場でやってることは同じでしょう?「庭木3m1本で3,000円」といっても、全部同じように手間をかけるわけではないんですから。それならわかりやすい単価制で問題ないと思ったりもしますが……。

佐藤 料金体系って、結局メッセージだと思うんですよ。うちはこういう姿勢でやります、という。僕は、わかりやすさよりも、現実は複雑なんだということをお客さんと共有することのほうが大事だと思っているんです。

堀池 人工制にするのであれば、お互いに対する信頼が大事になりますね。職人がお客さんから信頼されることもそうだけど、職人の方もお客さんの知性や感性を信頼しなければいけない。

佐藤 現場でのコミュニケーションも大事だし、そもそも依頼してもらうには、会う前からある程度の信頼……、期待と言ったほうがいいのかな? そういうものを抱いてもらわないといけない。だから、こうしてブログを書いたりしてるんですけどね。

 

相場との比較に意味はない

堀池 Kirikuiの手入れの料金表を見てるんですけど、相場に比べるとちょっと高いようですね。

佐藤 うーん、単純に金額だけ見ればそうかもしれませんが、剪定枝の処分費や消費税なんかも含めた表示ですから、それほど高いというわけでもないと思いますが……。作業の質やサービス全体を見てもらう必要もあるし。まあ、でも、相場との比較でいえば高いということになるとは思います。

堀池 今は神奈川あたりの相場って、職人1人で剪定枝の処分費なんかも含めると、1日30,000円前後でしょうかね。単価制だと、こう単純には金額が出ないんでしょうけど……。

佐藤 ビジネスって、成長とか拡大を前提にして考えますよね。相場くらいの金額でやるとすると、ある一定以上の売り上げ、つまり仕事量がないと、利益は出ません。トラックや道具のメンテナンスや買い替え、資材置き場や事務所の家賃とか、仕事がなくてもかかる経費があるわけですからね。だから、僕もある時点までは、仕事量を増やすことを考えていました。

堀池 仕事量が増えて、ある売上高に達すると利益が出るんですね。でも、仕事量を増やしていくと、どこかで人を増やす必要が出てくる。そこで、階段を1段上がるようにコストが上がりますよね。

佐藤 そこから、また次の売上目標を目指して走り続けなければならない。景気が右肩上がりで、市場も拡大しているような状況なら、そういうことも可能でしょうけど、現状はそれほど甘くはないです。

堀池 コンピューターの2010年問題ってあったじゃないですか? 詳しくは知りませんけど、誤作動を起こしてしまうことが懸念されたという……。ちょうどそれが話題になっていた頃に、美容師さんから、美容師業界の2010年問題っていう話を聞いたんですよ。なんでも、人口に対する美容院の店舗数が飽和状態となって、2010年を境に競争が激化して、淘汰されるお店が増えるという話なんですけどね。今の植木屋さんたちもこういう状況に直面してるんじゃないかな。

佐藤 業界全体の動向はよくわかならいですけど、実感として、そういうことは感じます。僕もそうですけど、いわゆる植木屋さんの開業はハードルが低いんです。とりあえず、トラックと脚立があればOKみたいな。だから、新しく参入してくるのは簡単です。その一方で、庭の数は減っていますよね。庭を壊して駐車場にしたり、大きな庭のお屋敷が解体されて、区画を分けて販売されたり、アパートになったり……。

堀池 だとすると、まさにパイの奪い合いという状況になる……。

佐藤 そういう状況の中で、右肩上がりで仕事量を増やしていくのは限界があるように思うんです。そこで、考えなきゃいけないのは、自分がどのくらいの規模でやっていくのかということかなと。永遠に拡大していくことはできないんですから。

堀池 自分で決めるというのは、意外に難しいんじゃないですかね。もっと拡大できるという可能性に、見切りをつけるということですから。

佐藤 もちろん、状況が変われば、拡大に舵を切ることもあるでしょうけど、今は見切りをつける時期なんだろうなと。拡大以外の選択肢、現状維持とか、あるいはダウンサイジングを考える。そうすると、現在の従業員数とかそういう物理的な条件によって、1年間に受けられる仕事量は決まってきます。その中で、最低限かかるコストや仕事の質を高めるためのコスト、将来への投資なども考えれば、作業料金も決まってきます。

堀池 結果的に相場より高かったり、安かったりすることはあるけど、それは仕方ないということですね。

佐藤 仕方ないというより、どうすることもできないという感じです。当社はこういう品質のサービスをこれこれの金額で提供します、と。それでお客さんが来ないのであれば、そのビジネスは必要とされていないということなんだろうと思いますし。

堀池 もしそうなら、いさぎよくやめるということですか?

佐藤 うーん(笑) そこまでの覚悟はまだ……。

 

庭の手入れはお祭りだ

佐藤 新しい試みとして、作業費のほか、剪定枝の処分費や消費税も含んだ一括価格表示にすることにしたんです。

堀池 それは、わかりやすいかもしれませんね。

佐藤 わかりやすさはもちろん重要なんですけど、僕はちょっと違うことを考えていまして……。人工制の場合、職人1人1日いくらという話ですから、労働力を売っているようなことになってしまいますよね。「1日6時間働きます。代金はいくらいくらです」というふうに。でも、植木屋とか庭師とかの仕事って、別に時間を売っているわけじゃないと思うんです。

堀池 そうですね。そういう意味では、職人仕事に値段をつけるのって難しい。

佐藤 無理だと言ってもいいかもしれないです。でも、それじゃあ商売にならないから、どこかで基準を作って金額を提示する。その点では、人工制でも単価制でも大きな違いはありません。どっちがましか、というレベルのことです。

堀池 一括表示にするということは、作業費がいくらか、ということは明示しないんですね。

佐藤 ええ、そうです。もちろん、作業費、処分費、消費税など、それぞれの金額はあるし、必要があれば提示できるんですけど、あえてふせておく。そうすることで、労働時間への対価であるという話が、なくなりはしないまでも、少なくとも見えにくくはなるんじゃないかなと。

堀池 それはお客さんにとってはどうなんでしょうね。仕事内容と総額に納得していれば、内訳はあまり重要ではないのかな。

佐藤 そのあたりは、人によるでしょうね。でも、僕が思うのは、庭の手入れって、ある種のお祭りだと思うんですよ。植物の精とか庭の神様とかいうのがいて、庭師が庭に手を入れることによって、精霊や神様をもてなし、お客さんとの間をとりもつ。で、その家のご多幸をお祈りするというような。

堀池 お祭りかあ……。だとすると、時間労働への対価、日当いくらみたいな考え方はそぐわないですね。

佐藤 サービスを提供する側とそれを享受する消費者という関係ではなくて、職人も施主も一緒に参加するお祭りみたいなほうが、楽しいと思うんですよ。そのために、細かい内訳は脇に置いておこうと。

堀池 単価制とはずいぶん違う考え方ですね。

佐藤 「庭の手入れはお祭りだ」なんて話はフィクションに思えるかもしれないけど、それを言ったら、「単価制による明朗会計」というのもひとつのフィクションでしょう。さっきも言いましたけど、現実とはズレがあるんですから。

堀池 結局、どのストーリーを採用するかという違いしかないのかもしれませんね。

佐藤 そうだとするなら、楽しいほうが僕はいいと思うんです。